ヨコノート

金谷ヨーコのブログです

サレンダーのすすめ②

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こんにちは!
今日は前回の続き、「サレンダー =(手放し)」の話です。
 

 
 
漫画では、いとも簡単に不安や怒りを手放したように描いてますが、
実際はこんなに簡単ではなかったです。
やはり見えないものへの信頼とか経験がまだなかったし、自分は会社員とは違い保証もない。この先自分はどうなってしまうんだろうと不安や恐怖がつきまといました。
それでも、トーシャの本にある手放しの言葉を日々繰り返し唱えて「ダイブ・イン(飛び込み)」する勇気で行いました。追い詰められていてほかに手段がなかったらともいえます。
 

 

前回記事↓

www.yokonote.com

 

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手放しするには、自分のいやな感情を見えないようにしていてはダメです。
一回自分で自分の感情と向き合いきちんと認識しないと手放すことができません。
トーシャの本で、「味わったのち手放す」と言っているのはそのためです。
 
例えば…この手放しの作業は
『八方美人な自分だが、その奥には怒りや不安が隠れている。本当はみんなを許せない。なのになぜ八方美人になってしまうのか?』といった、 その人にとっての問題点も自分自身で暴いていくことになります。
 
 

親から子へ受け継がられる因子↓

気づいて明るみに出していかねばならない。

影の現象学 (講談社学術文庫)

影の現象学 (講談社学術文庫)

 
 
 
内観する内に自分がいかに自分勝手だったかとか、保身で動いているとか、そういう醜い部分を突きつけられたりもします。
それでも、最後には自分を許して相手を許し手放していきます。
そうすると、精神の深いところから肉体の自分にエネルギーが届くようになり、願いが叶いやすく、そして生きるのが楽になっていきます。
私は最近この方法で仕事をゲットしています。(夏くらいまではキリスト教系の文言も参考に使ってたんですが、仕事がやたら入るわりには変な感じの現実化だったので、最近はヨガ系のみにしてます。トーシャのはヨガです。)
 

トーシャシルバー著

手放し方の本。おススメです。 

とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく―宇宙の導きにまかせよう

とんでもなく全開になれば、すべてはうまくいく―宇宙の導きにまかせよう

 
私を変えてください―ゆだねることの隠されたパワー

私を変えてください―ゆだねることの隠されたパワー

 

↑こちらは第2弾で、手放し方の文言の例に特化してます。

 

 

最初の頃は手放しの感覚を覚えるために、仕事や生き方、決断に不安を持ったらメモに書いておき、どういう風に委ねるといいのかトーシャの本でしっくりくる祈りを探して、自分用に少し単語を書き直したりしていつも見返せるようにしてました。不安が蘇ったらすぐメモを読んで何度も何度も心の中で唱えるようにしていました。突発的な出来事とか、時間がなく祈りが思いつかなかったら「お守りください、ゆだねます 」と繰り返したり。そうするうちに運がひらけていくのが次第に分かってきました。
 
ーーー
漫画の中にちらっと出てくるNEEDですが。
 
自分の深いところからの欲求のことです。
建前や社会的なことではなく、幼少期由来の純粋な願いです。
 
人によっては自分のNEEDがわかりにくいかもしれないです。
その場合の手放しもトーシャの本にあって、「とにかく全面的に従います」と丸ごと天に委ねたり、あるいは委ねられず恐怖したり疑ってしまうなら「信じられるように私を変えてください」いうような祈り方もあります。捧げるうちに次第に熱烈に愛が湧くというのもたぶん本当です。
祈りの効果は大きく、根気よくやれば生きる上で役立ちます。というかむしろこれが生きる上での全てなんだと思います。
 
無宗教の日本人は祈る機会が少なすぎなので、みんな自分の神性にもっと祈った方がいい…。祈らないと物質主義に偏りがちで心のバランスが崩れやすいと思います。。。(自然や動物と触れ合う機会の少ない人は特に) 祈りは精神安定に良いし、柔軟になるし、何より「通り」が良くなります。
部屋だって、風通しを良くしないと淀む。それと一緒で、物質社会にどっぷり浸かって生きるのは、自分の身体をどんどん淀ませていっていることと同じ。
好きなことだけしてれば気が晴れるわけでもないです。祈ることで自我を外し、通りを良くしないとね…。
 
また、
内観により自分の願いが
NEEDじゃなくて単なる私利私欲だったとか過剰な承認欲求だったとか、だれか自分以外の人の人生をコントロールしたいとか(←良かれと思ってやりがちですが、たとえ身内でも非常に良くないです。人は自分以外のことは変えられません。人を変えたければ、まず自分を トーシャの方法で委ねる自分に変えることです)
そういったこともだんだんわかってくるので、そういう良くない欲求だった場合は自分の心も改めていけば良いかと。
 
そして、「 自分に害を与える嫌な相手に祝福を送る」を"手放し"にプラスすると、さらに効果が倍増します。これはですね、効果が絶大です。
絶大すぎて、嫌だった人に感謝が湧きます。。。アドラー心理学でもありますが、怒りというのはすべてその人自身の問題である、ということです。
ただ、超常的な怒りというものはあります。仏教ではお不動さんとかで表されてるエネルギーかなと思います。
怒りに関しては私はこちらが本当に参考になりました。

 

怒りのエネルギーを幸せに変える ~ヒマラヤ大聖者が明かす秘密の教え

怒りのエネルギーを幸せに変える ~ヒマラヤ大聖者が明かす秘密の教え

 

 

 
祝福については、
オノヨーコさんもこれについて書いており…
今あなたに知ってもらいたいこと

今あなたに知ってもらいたいこと

 

 

また、この本にある「願いは雲を見るように」というのは
とても素晴らしい方法です。現実化のシステムを知ってからは、
この方法は「何が何でも」という自我を持たず(執着がない)、天を信じ成り行きにに任せることであり、その人が優しさ、愛情を持つ美しい心なら、最終的には決して間違いが起こらない正しい願い方なのだとわかりました。
 
私はずっとこれが分からず、雲を見るようになんてそんな悠長には願えない!と思ってました。
結果、がんばりすぎて体調を崩し何年も苦しむことに。
それからはようやくこの言葉の重要性がわかるようになったのでした。
この世の自分というものは借り物で、本物の自分は神性の「深いところの自分」です。
みうらじゅんのいう「自分なくし」は、さすが仏教に精通するだけあって的をついてると思う。いい年になってからはエゴをなくしていくことが人生からも求められており、なくすことで天から祝福を受けるようになる。すると、周りにも分け始める。これが「良く生きる」ことなのかなと。
 
 
ちなみにNEEDの本↓
NEED 本当のあなたをさがす旅

NEED 本当のあなたをさがす旅

 

 

これ系の本も色々あるのかな(わかんないけど)と思います。が、私はこの著者のNEED体験と全く同じ体験をしたことがあったので買ってみたのでした。(子供時代の自分が、大人の自分に思いの丈を叫ぶという…)
ニコール・キッドマンの演技指導者、スーザン・バトソンさんが書いた本。
 
案外 人って自分の願いがわからなかったりもします。
それをこの本は、ワークを通して探求していきます。
NEEDが分からず生きるのは、自分を欺いて生きるのと一緒です…。
私はある時期、NEED体験を通して自分が親から押し付けられ、押さえつけられていた本来の自分の欲求を自覚することができました。
しかし欲求に関しては、瞑想をして人間にはさらに深い願いがあるのを知りました。(人はパンのみに生きるにあらず、というやつ)
 
自分の精神というのは奥深いです。自我の確立のために このNEEDの掘り起こし作業は重要であり 精神的自立のためにしなければいけないことだと思います。いずれ死ぬときはその自我すら外しますが、外すためにはまず自我を得て葛藤しなければならないという…生きるとは不思議なパラドックスだなーと思います。
 
 
NEEDをおざなりにし周りや社会を主役にしてしまい、自分は役に立ってるかとか価値があるかとか考え始めると確実に病みます…。別にただ生きているだけでもいいはずなのに、それを認めず評価やレッテル貼りをするのが顕在意識である狭量な自我の考え方です。改めないといけない 歪んだ考えであり、これに長く染まっていると次第に良くない状況になっていき、周りにも悪影響を与えます。自分の考えが歪んでいるかどうかは、この「いやな気分よさようなら」に↓表があるので、自分の行動をチェックするとわかりやすいです。

 

いやな気分よ、さようなら コンパクト版

いやな気分よ、さようなら コンパクト版

 

 

認知行動療法の本。自分は普通だ!と思っていても、周りで良くないことばかり起こってるならやってみたらいいかも。
偏ってる考え方が周りに悪影響を与えている可能性があります。偏ってるかどうか、案外自分では分からなかったりするので…
 
 
 
あ、あと、過去に
ブンの歯が割れてしまったときも
ショックで不安で…。
何かあるたびにブンの健康がどうなってしまうかとか自分のせいだとかすんごい落ちてしまってたんですが、トーシャの本で、心配事を紙に書いて箱に入れる方法があって(テレプシコーラの六花ちゃんも似たようなのやってた)
同じようにしたら必要以上に歯のことで心配しなくなりました。あと、ブンへの加護を祈りつつそういった心配を手放してると、困ったときにどうしたら良いか教えてくれる人に偶然出会ったり。不思議です。
そして過剰な心配がなくなると、立ち向かう勇気も出まして、動物病院で色々聞いて工夫しだしたり。ある種 暴露療法ですね。わざと怖いものを見る。すると、なんだこんなこと怖がってたのか、と自分の想像より大したことなかったりという経験が重なり、過剰反応がなくなっていきました。いかに人の妄想ってアテにならないかというのも学びました。将来の不安なんて、実際は占いよりはるかに不確実です。川の流れに身を任せ…です。わざわざ流れに逆らって上流へ登ってもちっとも進まないし疲れる。いずれ海という目的地につくなら、サレンダーして運んでいってもらえばいいのです。あと、ブンは結局最期まで歯は大丈夫でした^ ^
 
もし日常的に不安に左右されてしまうなら
今ここ」に心をとどめておく訓練をするといいです。これは座禅とかマインドフルネス系とかの本に必ずやり方が書いてあります。
未来も過去も心が作り出した妄想で、本当なのはいまこの瞬間のみ、ということです。
(良く考えてみればその通りですな…)
今に集中してなんかの作業をするのも、瞑想と一緒の精神状態になれます。
 
 
以上でした〜。
 
 
次回はガラっと変えて、『腸活』について書きます〜!
 
 

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